映画を観て、自分を観る - インサイド・ヘッドを観てきました

昨日は海の日ということで、海に行こうと計画していた我が家。

毎年このぐらいの週末に日本海の磯のある海岸に遊びに行くのが恒例なのですが、先週末の台風の影響で荒れていては危ないと予定を変更して、ディズニー・ピクサーの新作映画『インサイド・ヘッド』を観てきました。今日はその感想を。




事前の情報では、女の子の頭の中でキャラクター化された色々な感情がぶつかりあう的な内容かなと思っていました。実際、端的に言ってしまえばそういう内容には違いないし、描写もいたってシンプルだと思うのだけど、そのためか、映画を観つつ、自分を客観視するような、そんな気分になりました。

頭の中の、思考の働き。感情のせめぎあい。日々、瞬間瞬間で、絶妙なバランスで動いているのだと思います。時にそのバランスが崩れたとき、それが感情の発露になるのでしょう。ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリ。映画では主人公の少女・ライリーの心のなかで、そんな5つの感情が、それはもう豊かな個性を発揮します。その中でもヨロコビとカナシミは、特別な存在。物語に大きな影響を与えるふたりは、まったく正反対の存在のようで、決してお互いなしでは存在出来ない。その理由が、話が進むと明らかになってきます。

そしてもう1つの重要な要素が、思い出。過去の記憶。それは感情と紐付いた存在です。僕も映画を観ながら、自分の過去の記憶に触れ、その時の感情が呼び覚まされました。それは、僕のこどもたちの小さな(今もまだ小さいですけどね)頃の思い出だったり、自分自身の過去の記憶だったり。なんとも言えない気分に包まれました。お子さんがいる方、そうでない方。大人、子ども。誰が観ても、何かしら自分の鏡のような作品になることと思います。

映画としては、ヨロコビの日本語吹替を担当された竹内結子さんが、特に素晴らしい演技だったと思います。最近は声優(業がメイン)ではない方が吹替を担当されることが多いように思いますが、その中でも出色の出来だったのではないでしょうか。いっぽう、冒頭に流れた日本語吹き替え版のテーマソングと、その映像は……なんだったのでしょうか。その後に上映された本編と全く関係のないショートムービーと相まって、狐につままれたようになったことは否定しません。

映画を通じて、自分を省みる……他の映画(その他あらゆる作品)でも同じような経験をすることはあると思いますが、インサイド・ヘッドは特にその題の通り、自分の頭の中や心のなかにだけ存在しているもの、自分が大切にしているものを、照らしてくれたと思います。けっして、無視したり、否定したりせずに、向き合いたい。そう考えるきっかけにもなりそうです。

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