若者の○○離れ

2012年1月17日火曜日

時事

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こんなキーワードが様々なメディアを賑わして久しいわけだけども、大抵のケースは「社会の中心である世代で当たり前だった○○が、若い層には当たり前でなく、なかなか受け入れられず、それを嘆いているのだけど、若者たちは離れてしまったのではなく、元から関心が無かったり、縁遠いだけ」だったりする。そもそもの意識が違うのだから、そういった世代と、若者世代は、いつまでも歩み寄ることはないだろう。

例えば、よく言われるネタ……いやいや実際にある話として「若者の車離れ」というものがある。かつての若者(今の社会の中心層)は、こぞってマイカーを手に入れて海や山に繰り出すことに躍起になっていた、らしい。僕も学生の頃(20年ほど前だ)には当初はバイクに乗っていたものの、後に車に乗り換え、仲間とあちこち当ても無くドライブに出かけたりした。しかし今の~特に21世紀に入ってからだろうか~若者はちっとも車に見向きもしない。バブル頃までは売れに売れていたスポーツカーやデートカーはラインナップから姿を消して久しく、ファミリーカーかハイブリッドカーしか売れなくなってしまった。

これを「若者の車離れ」と呼んだり、若者が車を買わないのは魅力的な車が無いからだといったり、まぁ色んな論がある。従ってカーシェアリングやレンタカーで車の魅力を伝えることが大切だとか、かつての名車を再来させたりとか、色んな手を打っている当事者たちは後を絶たないが、いずれもどうも的外れに思えて仕方が無い。若者が車から離れた(のではなく、そもそもそっちを向いていないのだが)のは、車を必要としない生活が成り立っていることと、欲しいと思っても無理をしてでも買えるほどの所得が無いことが最大の理由だろう。逆に、地方在住などで生活に必要な若者は無理をしてでも買っているわけだから、それを一様に「離れてしまった(嘆)」とするのはおかしいだろう。

そういえば先日久しぶりにスキーに行ってきたのだが、考えてみればスキーと車の現状は似ている気がする。「若者のスキー離れ」が深刻で、スキー業界としてはレンタルスキーや用具のシェアなどでまずスキーに親しんでもらっている……と書くと、”スキー”と”車”を入れ替えても成り立つことに気づく。しかし大きな違いとして、スキーは随分昔からレンタル利用が定着している、という点。これは学校行事などに組み入れられて、定期的にまとまった需要が見込めることから、一般層も広く利用出来るようになったからではないか。しかしそれでも衰退しているのは、先に述べたように経済的な問題でスキーにいけず(レンタルなら行けるとしても足が無い)、代わりとなる娯楽が沢山出現したからだろう。一方車は、「一家に一台」を合言葉に高度成長期を背景に普及が進んだ感があるが、本当に必要だったのはそこまでで、その先はオマケに過ぎなかった。それを業界側が勘違いして(もしくは甘い見通しで)手を広げ過ぎて、結果「若者の~」となってしまったんじゃないだろうか。スキーと同じく、もっと早くからレンタル利用環境を整えるとか、市場を多様化させていけば、また違った結果になっていたかもしれないのに。

いずれにしても、業界の中の人は既得権益や、そもそもの食い扶持を維持するためにがんばっていくしかないのだろう。その土俵には不景気や低収入やフリーミアムなど様々な障害的要素が待ち受けているが、果たして今までと同じやり方で通用するかどうか。

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