日々精進、日々成長

自分のボルダリングの履歴を振り返ってみた。

2010年に加古川のレッドクリフとハイマートベルクで数回体験、2011年に入ってハイマートベルクとグレイシャーポイントで数回体験、4月末からハイマートとグレイシャーに合わせて週1~2で行くようになり、7月からはハイマートベルクの月会員になって、多い時は週4で通うようになった。一番最初からカウントすると経験は1年以上になるが、実質的には5月頃からのスタートといった感じなので、自分的には半年くらい、と思っているが、この半年はボルダリングから完全に離れてしまう週は何度か体調を崩した時だけで、ほぼ続いている、といって差し支えないと思う。

過去、これだけの頻度&期間で続いた活動(趣味)は無かったんじゃないか。学校の部活動などは仲間もいたりしたが、ボルダリングは基本的に一人というか自分との対峙だ。自分が納得いかなければ、それだけ打ち込む。自分が乗り気じゃなければ、足を向ける必要もない。サボろうと思えば幾らでもサボれる、そんな自由な状態であるにも関わらず、自分としては熱心に続いている。

何故続いているのか。
高尚な目的とか、何やらいかめしい哲学などがあるわけじゃない。単に、楽しいからだ。
もう少し具体的に述べると、自分が行ったことに対する成果が如実に表れるからだ。課題を乗り越える楽しさ、喜びを憶えたからだ。身体を鍛え、動き方を工夫し、頭をひねって、1手、また1手と脚を上げて手を伸ばしていく。ゴールするために何が必要で、何が足りないかが明確だからだ。

リーチやパワーがある人は、それらに頼りがちでムーブが弱い傾向があるそうだ。力の弱い人や、リーチが短い人は、それをカバーするために頭と技術とバランスを駆使する。同じ課題でも、それらの条件の違いによって全く表情を替えてくる。そんな、人それぞれの努力と結果が、ボルダリングにはあるのだと思う。だから、楽しい。

しかし、いつもいつも楽しいだけ、というわけではない。過去に何度も足踏みが続いた時期がある。絶対的に指の力が足りなかった時期や、柔軟性で苦労した時期など。今は持久力で苦労している。長い時間登り続けるには持久力が大切だろう。しかし解決のアプローチとしては、持久力を身に付けるだけではなく、例えば体重を減らすという手段もあるだろうし、出来るだけ省エネで登る(ための技術を身に付ける)という手段もあるだろう。そういった努力は、苦しくも楽しい。やりがいがある。

この先、生活環境の変化や、身体的な変化などで、必ずしも続けることが出来ない時期も訪れるだろう。それはそれで仕方のないことで、受け入れなければいけないことだが、そうなったらそうなったで、それなりのボルダリングが僕を待っているのだろう。今までやってきたことは無駄にはならないし、これから先もまだまだ成長出来るはずだ。

日々精進、日々成長である。

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