僕的・山のルーツ

2010年6月7日月曜日

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僕的・山のルーツ

意識的に山登りを始めたのは去年からだが、そもそもなぜ山を登り始めたのか、というところは自分でも不思議に思うところだ。

元々アウトドア活動は好きだったのだけど、その発端は小学生時代に頻繁に参加していた、市が主催する「自然学習会」や「天文学校」、「チャレンジキャンプ」といった、市が運営する野外活動施設(当時は「少年自然の家」と呼ばれていた)での活動だと思う。いわゆる野生児ではなかった自分がこれらに参加していく過程で、すっかり野外活動にハマってしまい、その後も継続的に参加したり、大学生になって指導する側になるまでに至ったのだから、結構なもんだと思う。

ただ、山登り、というところにフォーカスした活動はしていなかった。学生時代にはバイクにテントを積んで北海道等を旅したこともあったが、山は無縁。せいぜい妙見山や六甲山の道々をバイクで走った程度で、それまでに登った山というと、羽束山(キャンプの過程で)、蒜山(高校の集団生活訓練)、長尾山系(高校の遠足)程度だと思う。家族で富士山にも行ったが、5合目まで車で行っただけ。山、というものに特別な魅力は感じていなかったのだ。

山への意識はその程度だったが、野外活動への関心は高く、読む本も野外活動を意識した本は多かった。用具に関する本、サバイバル技術の本、野宿に関する本など。それらは長年読みつつも、山に目を向けたのは昨年何となくその一環として「山と渓谷」を買ってからのことだった。

ヤマケイを読んで「山、行ってみようかな」と思っていたところに、ちょうど地元の山を登る集まりがあったので、それに参加して以来、積極的に山を登るようになったが、果たしてそれが無かったら山には行っていなかったと思う。ただ、それだけがきっかけなのだろうか。

そんなことを考えていて思い出したのが、ごく小さい頃(3歳頃と聞いていた)に家族で六甲山に登ったことがある……という母の話だ。昨日(車で、だけど)六甲山に行って高山植物園など廻ってきたのだが、その際に実際にはどんな山登りをしていたのか、聞いてみた。

すると返ってきたのは、「(芦屋スタートで)六甲から有馬まで歩いたり、車停めておいて『今日は10km』と決めて歩いたりした。あちこち歩いた」というもの。更には、小さな僕は口癖のように「六甲有馬、六甲有馬」と口にしていたとのこと。全く記憶は無く、少し写真が残っている程度で実際の様子は確かではないのだが、3歳にしては立派なもんじゃないだろうか(手前味噌になるが……)。

そう、僕の山のルーツは3歳の六甲、ひいては山好きで、他県出身なのに六甲が程近い宝塚に居を構えた両親によるものだった。両親の世代はちょうど登山ブームの頃で、「男ばかりの関西電力のグループと、女ばかりの看護師のグループで一緒に山に行ったりした(母談)」ように、山が余暇の過ごし方の1つとして大きな存在だった頃。そんな時代に青春を過ごした両親の元に生まれた自分が、山を登るのは必然だったのかもしれない。

そんな僕も今では、3歳になった娘と近所の山とも林とも知れない場所を歩くようにもなった。小さな娘も、リュックに水筒やお菓子を詰め込んで、いっぱしの登山家のつもりになって「今日は山は雨かしらね~?」などと口にしている。どうやら山好きの遺伝子は脈々と受け継がれているようだ。

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